Los Angelesの顔
No. 77 平田真希子さん 2
2019-01-19
NPO「Music for Autism」が主催する自閉症の子供とその家族のための音楽会で、観客は、好きな場所で好きなように音楽を聴けた。自閉症の男の子は、平田さんが演奏する「月の光」を、ずっとピアノの下で聴いていた。そして、曲の最後ににっこりと平田さんに微笑みかけたそうだ。男の子の母親(左)が見守っている
舞台恐怖症を克服して
◆現在、平田さんは、舞台恐怖症を克服するまでの手記を執筆中だそうですが、なぜ舞台恐怖症について書こうと思ったのでしょうか。
理由は二つあります。一つは、舞台恐怖症は、セクハラや人種差別などと同じように、日常的に話題にしにくいトピックだからです。二つ目は、舞台恐怖症で悩む人というのは、音楽家に限らず非常に多いことに気が付いたからです。私の経験をシェアすることで、同じような悩みを持つ人の手助けができればと思いました。
◆舞台恐怖症の一般的な症状と平田さんの症状はどういうものだったのでしょうか。
一般的に、幼児は舞台恐怖症になりません。人前でも、一人でいても、あまり関係ないからです。
舞台恐怖症というのは、通常、自我の芽生えと共に発達します。簡単にいうと、理性に関係なく体が勝手に自分が置かれている状況を“命の危険”と勘違いしてしまうことです。
例えば、手や足など体の末端が冷たくなり、心拍数が上がり、口が乾く。これらはすべて体がサバイバルのために必要な器官だけに血流を増やし、それ以外の機能をシャットダウンすることから起こるそうです。
では、なぜ、体は人前で演奏することを命の危険と勘違いするのか。それは、人間が、原始的に群れを成して生き延びる種なので、村八分にされたら、生存が難しくなるという潜在意識があるからだそうです。自分のコミュニティーの前で恥をかく可能性が恐怖につながる。程度はさまざまですが、主観的には「死ぬ恐怖」にまで感じられます。
私の舞台恐怖症のピークは、2001年、ヨーロッパデビューの時でした。ハンガリーでオーケストラをバックにソロでピアノを弾いていましたが、曲の途中で立ち上がって、指揮者に「もう弾けない」と訴えました。なだめすかされてピアノに戻り、何とか最後まで演奏しましたが、自分の体に物凄い違和感が走って、歯がぽろぽろ抜け落ちるかという感覚に襲われてました。
ここでピアノを辞めたら、これからの人生、すべてに恐怖心を感じて生きなければいけないと思い、とにかく弾くのが怖くなくなるまでと、歯を食いしばって演奏活動を続けました。演奏前には必ず下痢。本当に怖かった。舞台袖で何度も「一息に殺してもらえたらどんなに楽か」と思いました。
そこで、もっと形式的に音楽を勉強すれば良いのかもしれないと思い、2006年にLAダウンタウンにあるコルバーン音楽学校に入学しました。その頃にはかなりマシになっていましたが、まだまだ怖かったです。
2010年にコルバーンを卒業して、ヒューストンのライス大学の博士課程で徹底的に勉強しました。勉強と人生経験と演奏を重ねたのが結果的には良かったと思います。暗中模索でしたが、音楽はシェアするもので、自分一人にかかっているものじゃないと気が付けて、楽になりました。
この過程を経て学んだいろいろなことを、今、執筆中です。
◆LAでの今後の活動予定について。
私は、音楽家の社会での役割はコミュニケーションの潤滑油であり、互いに距離があるグループとグループの間の接着剤になることだと思っています。
私は日本人ですが、在米30年。アメリカと日本、そしてアメリカ人と日本人の架け橋になりたいと思っています。
その一歩として、2月9日(土)に、「ピアノで聴く東洋」と題したレクチャーを行います。場所はリトル東京図書館、午前11時からは英語で、午前11時45分からは日本語で、同じ内容をレクチャーします。英語を習得中の日本人の方、日本語に興味ある方々には英語と日本語のレクチャーをお聞き頂けたらと思います。
科学と芸術、アーティストと学者の架け橋というのも私の大きなテーマです。3月24日(日)は、「メロディーは世界の共通語」と題して、演奏を交えて脳神経科学や歴史や言語学などに触れながら、音楽の持つパワーについてお話しをします。場所はCentral Public Library内Taper Auditorium、時間は2時からです。
またサンタモニカやサンディエゴなどいろいろな演奏会シリーズにも出演が決まっています。詳しくはHPをご覧ください。まだLAに戻ってきて日が浅いのですが、だんだん活動が増えてきていることにとても感謝しています。これからもっと意欲的に活動の場を増やせていければと思っています。
演奏家は聴衆とだけでなく作曲家とも交信する。バッハのゴールドベルグ変奏曲の楽譜を勉強中の平田さん
【平田真希子さんプロフィール】
ピアニスト・音楽博士・物書き。クラシックの型を破った楽しい聴衆参加型クラシック演奏会や、レクチャー、メディア出演、執筆など国際的に活動を展開。脳神経科学者と音楽の効用に関する研究のコラボや共著も行う。より幸せ・健康・生産的で親善な社会を目指して音楽家の役割や音楽の活用法を探求。日米リーダーシッププログラムフェロー。
ウェブサイト
https://musicalmakiko.com/(日本語)
https://musicalmakiko.com/en(英語)
<2019年1月19日掲載>
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。