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特集記事



JANMへ行こう!! vol.22 - 日本で問題の“イジメ”を解く鍵がある
今月のガイド
鈴木康之 さん

1972年に渡米。Kintetsu Enterprises Co. Of Americaの駐在員としてサンフランシスコ市の日本町再開発事業に携わる。2009年に退職するまで日米を行き来しながらリトル東京の発展にも携わる。現在はJANMのボランティアをはじめKintetsu Enterprises Co. Of America顧問、あさひ学園の理事を務める。



—JANMには、いろいろな立場で戦争や大変な時期を乗り越え復興を果たした方々が訪問すると思います。このような方々に、日本の戦中戦後を体験した鈴木さんは、何を伝えたいですか。

「今でも世界中に大変な体験をされている人はたくさんいます。例えば600万人とも言われるシリア難民。同じ国民、民族であるのに、宗派の違いあるいは権力欲のため内戦が止まりません。旧ユーゴスラビアでは、民族浄化のためのボツニアヘルツゴビアの争いがありました。人種、宗教、文化、国の体制の違いを乗り越えてお互いを認め合うことが出来るようになれば、もっと住み良い世の中になると思います。
 日本でもイジメの問題が多発していますが、これも自分たちと違う人を排斥するところに原因があるのではないでしょうか。日本から修学旅行などでJANMに来る学生さんたちに、日系アメリカ人の歴史を通じて、このことをお話しています」


—多くの日本の著名人を、これまでに案内したそうですね。

「そうですね。例えば日本政府閣僚、国会議員、官僚や財界人、研究者などです。特に閣僚、政治家はスケジュールのため滞在時
間が短く、物足りなく感じることがありますね。
著名人にかかわらず、さまざまな方をご案内しますが、その中でも、一部の年配の方には“移民”を蔑視しておられる方がいます。戦前、戦後の食糧不足の時代に、日本政府は移民政策で移住を奨励しました。多くの人々が中南米や満州に送られましたが、これを“食い詰め者”“棄民”と蔑視する人がいます。貧しい人が多く移住されたのは確かですが、新しい人生を求めて新天地に向かわれた勇気ある人だと、私は思います。
日系移民の名誉のために申し上げれば、戦前の広島県などが奨励したことや戦後まもなく難民救済法で移民された少数の例外を除けば、アメリカへは皆さん自主的に移民されております」


―私が日本の歴史の授業では習わなかったことばかりです。

「JANMのボランティアはおもしろいですよ。勉強しないといけないです。クラスがありますけど“マニュアル”はありません。
 私たちは日系二世の方について歩いて内容を全部覚えます。これがベースです。これだけだと日本の方には伝わりにくいです。そこで歴史上の事実を踏まえながら『その時の日本はこうでした』『こういう時代でした』と並列的に説明すると日本の方は分るんですよ。だから、私の説明は二世の方のとは少し違います」


訪問者が理解しやすいようにいろいろな工夫をしてますね。


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もっと知ってJapanese American!

「尊厳と我慢の芸術 パート②」
第二次大戦中、12万人あまりの日系人が、全米各地の収容所での生活を余儀なくされた。しかし、どんなに過酷な環境の下においても、人々はさまざまな日用品や工芸品を作り生活に希望を見出した。今から70年も前に収容所で作られたそれらの品物からは、決して尊厳を失わなかった。日系アメリカ人の心をうかがい知ることができる。



ガチョウのデザイン。柔らかい木材を削って作られている
日系三世のロイさんは子供の頃アリゾナ州ポストン収容所に家族と一緒に送られた。当時作られた貴重な家具や装飾品などを今でも大切に保管している。

ロイさんの母親の仕立てクラス。350人の生徒たちが日用の白い服を作った

ロイ「母は日本語を覚えていた。勤勉で頭が良く、釣りが好きだった。とても器用だったね。このアクセサリーは自分で作ったんだよ。ペイントもして、とてもアーティスティックだね。収容所で作ったけど、身に着けていたのは戦後のことだったと思う。当時はおしゃれをする余裕なんかなかったからね。アーティスティックで、何かをする前に、物事をよく考えていたね。

生け花用「花瓶」キャンプ内のアイアンウッドの木を削って作った
日本育ちだから盆栽も育てて、キャンプ内で古木をみつけて、写真のような生け花用の花瓶を作ったんだ。
父は池を何人もの人を使って造ったよ。アリゾナはとても暑くて120度ぐらいになったからね、バラックの建物の側面にそって、100フィート、水面から20インチの高さに遊歩道を作って、その上を人々が歩けるように工夫した。自然がなかったから林も作ったし、収容所の人々が、少しでも涼しく感じるようにしたかったんだね。

何もない砂漠の収容所に再現された自然。左端の男の子がロイさん。写真右下も同じ
でも蚊が出るから、父は、川へ行って大きな魚をとって、池へ入れてた。魚はぼうふらを食べてくれるからね。今でもその魚が池を泳いでるのを見たのを覚えているよ。

日本庭園はガーデナーの人たちが造ったりして、父はそれも手伝ってたね。今から収容所での生活のことを考えると、とにかく、ガマンをした。でもその中で、皆できることをやった。収容所に入る前の多くの人は漁師や農民だった。歴史上そういった人たちは、いつも厳しい気候や社会状況に左右されて、不運な目に逢う。けれどいつも立ち直る。それは収容所生活でも同じことだったんじゃないかな」





写真・文 JUNZO ARAI, 写真・文・構成  TOMOMI KANEMARU


JANMに行くと日刊サン読者にプレゼント!

入館料お支払いの際に「日刊サン掲載の『JANMへ行こう!!』を読んだ」と言うと、『ワシントンへの道 ~米国日系社会の先駆者 ダニエル・イノウエ議員の軌跡 ~』と『知られざる政治家 ラルフ・カーとニッポン人』の2つの日系移民史ドキュメンタリーが入ったDVDを特別プレゼント。昨年末に亡くなった大統領継承順位第3位のイノウエ議員のインタビュー入り。非売品なので貴重なDVD!
*入館料をお支払いの上、入館された方のみ対象。




JANM・ジャニム(全米日系人博物館)
Japanese American National Museum
日系アメリカ人の歴史と体験を伝えるアメリカ初の博物館。アメリカの人種と文化の多様性に対する理解と感謝の気持ちを高めることが目的。ボランティア・ガイドに支えられ、訪問者は展示にはない興味深い話を聞くことができる。

100 N. Central Ave. Los Angeles, CA
・213-625-0414
http://www.janm.org
開館:火・水/金・土・日 11:00 ~17:00
木 12:00 ~20:00
休み:月曜
料金(企画展も含む):一般9ドル、シニア&学生&子供5ドル、メンバー無料
*木曜17:00 ~20:00、毎月第3木曜は無料
交通:メトロ電車:ゴールドライン「Little Tokyo / Art District」下車。徒歩1分
駐車場:あり。博物館前、他多数(有料)

★「ボランティア・ガイド」に関心のある方は、下記まで。
213-830-5645

2013/12/28 掲載

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