苦楽歳時記
vol.8 ゲーテ恋の遍歴
2012-10-24
雅之
初めてヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの詩集を読んだのは、十四歳のころである。往時、上級生の女性に思慕の念を抱いていたころだった。ゲーテの詩の数々は、当時の僕の心を慰めてくれる。僕の思いを伝えたかのような気持になれた。
二十一歳のゲーテは、牧師の娘フリーデリーケに一目惚れする。貴族の出身で金満家のゲーテは、自分が欲しい物は何でも手に入れなければ気が済まなかった。泣き叫び抵抗する純真無垢な乙女は、ゲーテの一方的な熱情に翻弄されながら、とうとうゲーテの愛を受け入れてしまった。
後にゲーテは、フリーデリーケとの出会いの印象を、自伝『詩と真実』の中で、「片田舎の天空に、たまらなく愛らしい星が立ち昇った」と、述懐している。
片田舎で会っていた時分のフリーデリーケは、この上なく清純で愛らしかった。けれども、都会の社交界に於いては、フリーデリーケの姿が不粋に映っていた。
恋多き詩人は、非情にもフリーデリーケを捨ててしまった。心に深く傷を負ったフリーデリーケは、リボン作りで生計を立てながら生涯を独身で貫いた。
しばらくしてゲーテは、今度は婚約者のいるシャルロッテ・ブッフを熱愛し始めた。この片恋の顛末を描いた『若きウェルテルの悩み』は、世界中で大反響を巻き起こすことになる。また、晩年のゲーテは、七十代半ばになって十七歳の少女に求婚している。
ゲーテは七年周期の躁鬱病であった。躁の周期が来ると人妻であれ、少女であれ恋路に陥る。その激情たるや凄まじい限りだ。
ゲーテは幾度も恋に明け暮れながらも、フリーデリーケとの経緯について、生涯に亘って良心の呵責に苦しんでいた。その懺悔の念は『ファウスト』を始め、主要作品の貴重なモティーフとなって表白されている。
ゲーテに呵責の念を抱かす糸口なったフリーデリーケは、ゲーテの創作活動に最も寄与した人物であった。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

