苦楽歳時記
vol.47 多忙の美学
2013-05-30
星をいただくほど仕事をしていたバブル時代、各々が毎日生きがいを感じて過ごしているように見えた。先の見えない繁忙を長期間継続していると、一転して心に余裕がなくなり、疲労困憊して神経症を併発させる。
バブル崩壊後、精神・神経科の医師だけは猫の手を借りたいほど多忙を極めている。三十年ほど前までは、精神科医が独立開業することは非常に困難を極めた。内科や耳鼻咽喉科のように、新興住宅街のターミナル周辺で開業しようものなら、地元の住民は周囲の目を恐れて、精神科の看板が掛かっている医院の扉を開けようとはしない。
医師らは知恵を絞って、一般内科を筆頭に神経内科、心療内科の専門医であることを看板や広告で知らせる。だが、元ロサンゼルス自殺予防センター研究員の精神科医、大原健士郎さんによると、心療内科や神経内科を受診しても、正確な診断や治療は期待しがたいと言う。
心の時代と叫ばれて久しいが、出社・登校拒否、うつ病、引きこもり、家庭内暴力、アルコール・薬物依存症、自殺、そして病名の付け難い心の病が蔓延しているのが現代社会だ。
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バブル期に最前線で活躍していた或る企業戦士と、当地で面談したことがあった。「忙殺される日々の中には血湧き肉踊るリズムが奏でられていて、僅かな時間の活用の仕方が自分でも驚くほど巧みであった」。先ず、彼は現役のころを回想して胸を張った。
「お暇なら来てよね、私さびしいの ~」。ナツメロのフレーズだが、暇だからといって、しげしげと足を運べるものではない。多忙な時の方こそ時間の遣り繰りに知恵を絞って、せっせと逢瀬を重ねられる。
「仕事は一番忙しい人に頼め、なぜなら最も忙しい者が一番多くの時間を持っているからだ。多事をこなせるということはオーガナイズできる人物であり、仕事の依頼に事欠かないのは信頼されている何よりの証拠だ」。これは或る泰西の著名人の言葉である。
自信家の企業戦士は現在、精神の病に冒されて入退院を繰り返している。戦い済んで日が暮れて・・・ 多忙の美学は一人のビジネスマンの頑強な精神を蝕んだ。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。