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コラム

苦楽歳時記
Vol.54 ふく乃

2013-07-19

 家族三人で回転鮨に赴く予定でいたが、家人と二人でガーデナの、鮨と割烹『ふく乃』に訪れた。娘は友から誘われたバーベキューパーティーに参加したため、一日遅れで家人と共に僕の誕生日を祝った。

 平素から飲まない家人だが、僕のためにビール一杯だけつき合ってくれた。最初に出て来た肴は、茶と緑の皿の上で、鴇色(ときいろ)のアジのたたきが仄かに媚びてでてきた。アジの傍らに添えてあった微小のキュウリの先に、黄色い花がたまらなく可憐であった。

 小口切りしたアジの身に、醤油をつけてふた切れほど味わうと、新鮮味溢れる風味が口の中に広がった。次に、氷水でさらした大根のツマとおろし生姜を混ぜて食したら、味わい深い滋味に仰天した次第だ。

 家人はサザエのつぼ焼きの煮汁を飲んだら、ほろ酔い気分になったと僕に告げた。彼女の顔はうすくれない色に帯びていた。磯の香りが仄かに漂う焼き牡蠣も、極めて美味であった。

 最後はにぎり鮨でしめた。僕の好物「しんこ」に近い小肌とカンパチが美味かった。たべ忘れたものが一つある。泉州特産の水茄子の漬物。水茄子は灰汁が少なくて、ほんのりと甘味を含み、南大阪地方には欠かせない食材だ。

 昆布じめのアジの棒鮨を土産にしてもらい、いつも朗らかで如才ない女将さんと、寡黙な板前のご主人の笑顔に送り出されて店を後にした。

 帰宅後、二時間ほど仮眠をとって、日本の文芸誌に載せる原稿を朝まで執筆した。僕の平均睡眠時間は四時間ぐらい。その代り昼寝を三時間ぐらいする。大病を患ってからは午睡なしでは身体がもたない。

 夜食にアジの棒鮨を頬張った。昆布の風味がアジに染み込んで、すし飯もよく酢が効いていて雅やかな味がした。

 「週間ニュース深読み」を観て眠りについた。あと三時間ほどで、夜勤の仕事を終えて家人が帰ってくる。更に娘が起きだしてにぎやかになる。三人で朝餉(あさげ)をすませた後は、再び執筆にとりかかる。そして、今日は美術館に足を向けてみようと思った。

 


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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新井雅之

文芸誌、新聞、同人雑誌などに、詩、エッセイ、文芸評論、書評を寄稿。末期癌、ストロークの後遺症で闘病生活。総合芸術誌『ARTISTIC』元編集長。




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