苦楽歳時記
Vol 56 『コレガ人間ナノデス』 原 民喜
2013-08-02
コレガ人間ナノデス/原子爆弾二依ル変化ヲゴラン下サイ/肉体ガ恐ロシク膨張シ/男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル/オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ/爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ/「助ケテ下サイ」/ト カ細イ 静カナ言葉/コレガ コレガ人間ナノデス/人間ノ顔ナンデス
原 民喜(一九〇五~一九五一・広島県出身)。『コレガ人間ナノデス』は、タイトルと最初の一行、そして最後から二行目が同じである。この手法は、よほど吟味して詩作しなければ、陳腐な趣向に終わってしまう。
この詩の場合は、終盤の「コレガ コレガ」と、繰り返しは成功に終わっているが、タイトルに関しては、ただの『人間』とだけにとどめておきたい。そうすることによって、「コレガ人間ナノデス」が、読者に痛烈に迫ってくる。それだけではない。人間の存在を普遍化させるイメージを作る。
また、ひらがなではなく、漢字とカタカナで綴ったことが、原爆の心像をよりリアルに表現している。
元来、原 民喜は憂鬱気質の詩人である。十一歳で父を亡くしてから寡言(かげん)の人となり、二十七歳でカルチモン自殺を図り、三十八歳の折りに、十年間連れ添った貞恵夫人と死別している。そして翌年、広島で原爆被災をしたが奇跡的に助かった。
その後、原爆被災体験の詩を綴るが、民喜は自らの絶叫と、呪詛(じゅそ)との狭間で苦悩し続けて、四十五歳のときに鉄路に身を投じて死去した。
最後に、峠 三吉の原爆詩集、序を紹介する。
ちちをかえせ ははをかえせ/としよりをかえせ/こどもをかえせ/わたしをかえせ/わたしにつながる/にんげんをかえせ/にんげんの にんげんのよのあるかぎり/くずれぬへいわを/へいわをかえせ
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。