キム・ホンソンの三味一体
Vol.25 米国(ここ)に留まる理由
2013-09-27
アメリカに来て17年になります。最近日本から観光に来た学生さんに「なぜアメリカに住もうと決めたんですか」と聞かれて、しばらく考えました。理由と言っても、留学に来て、大学院を卒業後に偶然にもアメリカで仕事が見つかり、結婚し、子供が生まれて…と成り行きでしか考えていませんでした。もちろん決断した理由はあったのでしょうが、それを突き詰めて考えたことはなかったと思います。韓国か日本に帰るという選択肢があった中、ここに留まろうと決めた理由は何だったのかと考えていたある日、隣人のクリフと立ち話をする機会がありました。
白人で青い目のクリフとアジア系で外国生まれの私。一見共通話題がなさそうですが、同年代で、彼も奥さんと小さい娘の3人家族とあって、子育てや日曜大工についてよく話します。その日は、急に引っ越して来て急にいなくなった向かいのアパートの家族について話していました。よく夜になると恐そうなお父さんがお酒に酔って夫婦喧嘩をしている声や、子供の泣き声が聞こえたりして、それまで静かなコミュニティーを満喫していたご近所の住人達にとっては悩みの種でした。
「そういえば一回あの家に行って戸を叩いたことがあるよ。誰も出て来なかったけどね」と話すクリフの言葉に耳を疑いました。他の住人達も懸念していながらも、恐くて実際に行ってみることはなかったと思います。しかし彼はその家の子供の安否を確認するため、実際にその家の戸を叩いたのです。それを聞いてふと自分が「ここに留まろう」と決めた理由を思い出しました。
留学でアメリカに来て以来、今までクリフのような人々に沢山出会ってきました。彼らは決まって、「人はこうあるべき、社会はこうあるべき」という理念を持っていました。そして、その理念から外れた状況をみると何とか正そうと立ち上がる勇気がありました。それが直接自分とは関係のない他者のことであっても、手を差し伸べる思いやりがありました。見て見ぬふりの乾いた生き方ではなく、理念を持って目標に向かって行く人々のそばで刺激を受けたい、と思ってここに留まろうとしたのかも知れません。
最近やたらと善い人と悪い人をハッキリさせたがる3歳と2ヶ月の娘に「くりふはいいひと?わるいひと?」と聞かれ「善い人だよ」と答えると「じゃパパは?」と聞かれました。「うーん、それはお前が大きくなってから決めてくれぇ」と言うだけにとどまりました。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。