後藤英彦のぶっちゃけ放題!
第376回 皇后が会見で訴えたかったもの
2016-05-26
転がる石にはコケが付かない。
何だか教訓めくが、これは英語の名言辞典にある「A rolling stone gathers no moss」の翻訳である。
職を転々としているとえらいポストになんかつけない、とか落ち着きがないと金がたまらないし友だちもできない、といった意味に使える。
ところがこの言葉には、常に活動的な人は進取の士であり、コケむしたりしない、という真逆の意味がある。
つまりコケをよいものとして捉えるか、悪いものとして捉えるかによって解釈が大きく変わる。
コケをよいものとして捉えれば与えられた仕事や場所に留まることはよいことである。
コケを悪いものと捉えれば与えられた仕事や場所に留まらず努めて動き回ることをよしとする。
ちなみに英国人は前者の意味を採り、米国人は後者の意味を好む。どちらかと問われれば日本人は英国人と同様前者を採るだろう。
ここでいうコケは伝統とか古いものを指し比喩的に使った言葉だ。
二○○九年四月八日、宮殿・石橋の間。
成婚五十周年記念の記者会見に臨んだ皇后は、記者の質問に応えて次のように述べた。
「伝統と共に生きるということは、時に大変なことでもありますが、伝統があるために、国や社会や家がどれだけ力強く豊かになれているかということに気付かされることがあります。
一方で型のみでのこった伝統が、社会の進展を阻んだり、伝統という名の下で、古い慣習が人々を苦しめていることもあり、この言葉が安易に使われることは好ましく思いません」。
発言後半部分の、「一方で型のみでのこった伝統が、社会の進展を阻んだり、伝統という名の下で古い慣習が人々を苦しめている」という指摘がとりわけ重要だ。
周囲をみれば型のみの伝統を押し付け、人々を苦しめている先生、師承らの少なくないことに気付くだろう。
伝統は使いようで、上手に使えば人生を豊かにするが、型のみを強制して敬和を欠けばむしろ人のやる気を奪う。
伝統の権化の皇室で五十年を過ごした皇后の言葉だけに拝聴に値する。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。