ピアノの道
vol.26 演奏を料理に例えると…
2020-02-05
(同じ曲ならだれが弾いても同じじゃないの?) …実は密かにそう思ってはいませんか?じゃあハムレットは、誰が演じても同じでしょうか?
でも演劇よりも、今日は料理で演奏の例えばなしをしましょう。小学生が母の日に作るカレーライスと、世界的シェフが作るライスカレーは同じお料理でしょうか?同じレシピ(楽譜)に従って作ったとしても、材料の選択(会場・音響・楽器)がまず違う。包丁使いは指さばきです。押し付けるように材料を切ってしまっては野菜も肉も細胞がつぶれてしまう。逆に最高の包丁で効率よく等分に切った材料は火の通りも味の沁み具合も等分になります。火加減はテンポ。家庭用コンロでは在り得ない強火で手際良くで炒めたお肉や野菜は香ばしく、しかも上等な油のコーティングがそれぞれの材料の旨味をギュッと閉じ込めます。それを今度は何十時間もとろとろと弱火で煮詰める…家庭ではできない贅沢、そして小学生には想像不可能な忍耐とこだわりです。
小学生のカレーには個人的な思い入れがあります。料理の実体験は本人にとっても、それをシェアする家族にとっても一生の思い出になるでしょう。料理も演奏も楽しい、五感を総動員したアクティビティーです。子供からシニアまで皆やるべきです。でも、熟練の料理人しか提供できない食体験には全く別の価値があります。プロの演奏家の演奏もそれと全く同じです。
じゃあ、巨匠の録音は...?これは「料理の鉄人XXさんのカレー」という触れ込みでスーパーで売られているパックのカレーと同じです。材料や料理法という意味では、シェフのカレーと同じでしょう。でも、その日のお客様のためにシェフがリアルタイムで提供するカレー、シェフと客が時空を共にする食体験ではありません。本来料理にあるべきヒューマンコネクションが無いのです。飢え死にするよりインスタント食品を食べた方が良い。そういう意味では全く音楽が無い生活よりも、録音を聴いた方が良いかも知れません。でも、生演奏の共体験が本来の音楽のあるべき形です。
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https://musicalmakiko.com/en/?p=1443
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

