キム・ホンソンの三味一体
vol.138 私達の間にある天国
2020-08-13
天国はクリスチャン以外の人々にとっても非常に興味深いトピックではないかと思います。というのは、時代を網羅して、特にキリスト教圏の国々では、この天国が権力者によって利用されて来た側面があるからだと思います。搾取をする側は、搾取をされる側に対して、神のことば(搾取する側のことば)に忠実に従う者には死後天国が待っている。だから文句を言わずに頑張れ、といったようなコントロールの道具として用いていました。
金銭、労働力の搾取だけでなく、戦争に駆り出され命まで搾取されることもよくありました。中世カトリックの十字軍遠征から始まり、今に至るまで続く宗教戦争、テロなどがそうです。また、大航海時代から第二次世界大戦後まで続いたヨーロッパ諸国や列強各国による植民地主義政策の中においても、植民地の国民にキリスト教を布教し、「天国」などのキーコンセプトを用いて人々を従順に従わせてきた歴史があります。同じクリスチャンの一人として猛烈に反省すべき恥部だと思っています。
しかし、と同時にこの「天国」は、弱い人々にとって誰からも奪われることのない希望として機能してきたことも事実です。社会の中で隅に追いやられ搾取され悔しい思いをする人々にとって死後の天国は、神による正義の実現でもありました。今日においても、不治の病や事故や事件などによって愛する人を奪われた人々にとって、将来その人と再び会うことの出来る天国は何よりも慰めなのです。
しかし、キリスト教にはもう一つの天国があります。それは、イエスが「天国はあなた方の間にある」と言ったこの世界に存在する天国です。イエスは「一粒の麦が地に落ちて死んでこそ豊かに実を結ぶ」という譬えでもって、十字架にかかり自分の命を犠牲にすることで多くの人々を救うのだ、と告知しました。私達の間にある天国は、弱肉強食、自己中心主義、アメリカ第一主義などのこの世の秩序とは真逆のもの、すなわちイエスの無償の愛と恵みがすべてにおいて支配する世界のことです。
ルーテル広島教会のT牧師は、豪雨によって大きな被害を受けた熊本県・球磨村にある曹洞宗・神照寺と神瀬保育園への支援活動をされています。そして、以前から姉妹教会としての関係にある私達、復活ルーテル教会(OC. Huntington Beach)の方にも連絡をくださり、私達にもその支援活動に共に与る機会が与えられました。国境を超え、宗教を超え、すべての違いを超えて人の痛みに寄り添うという新しい秩序の世界。それが私達の間にある天国に違いありません。
毎週日曜日の3pmからズームでの礼拝があります。ご興味のある方は是非メールでお申し込みください。 khs1126@gmail.com
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。