ピアノの道
vol.56 ジェノサイドと『鬼滅の刃』(ネタバレなし)
2021-04-30
100年以上の間アルメニア人たちは4月24日を「ジェノサイド追悼記念日」としてきました。今年はその日にバイデン政権がオスマン帝国の第一次世界大戦中のアルメニア人たちへの仕打ちを正式にジェノサイド認定しました。これは米国政府が1月に行った、中国政府によるウイグル人弾圧のジェノサイド認定に続いています。
音楽の効用という観点から脳神経科学を勉強すると、人間の協調性とか社会性、共感力など社会的な人間の特質が浮き彫りになります。人には他人の感情や体験を自分の物として共感する習性があります。だから苦しんでいる人を見ると自分も苦しくなってしまう。じゃあ苦しんでいる人を助けよう、とするのが理想的な人間性です。一方自己防御のために、見ないフリをしたり、相手を自分とは違う人種として共感を断ち切る、という選択肢もあります。更に先手を打って相手を苦しめることで主導権を握るという可能性さえある。人間の残虐性は史実にも日常にも目に余ることは、読者の皆さんもよくご存じでしょう。
この人間の矛盾を見事に描いているのが、先週末に全米公開となった映画「鬼滅の刃」の圧倒的な人気の理由ではないでしょうか。人食い鬼に家族を惨殺され、唯一生き残った妹も鬼にされた主人公。鬼たちの殺戮を食い止め、妹を人間に戻す方法を見つけるために鬼滅師になります。自分をも食い殺せる鬼となった妹を見捨てない兄。そして鬼となっても兄を慕い、人肉を自分に許さず、兄と旅を共にする妹。人間の残虐性と向き合い解決法を求める、理想図です。
鬼の前身は人間。私たちは皆、鬼に成る可能性を秘めている。状況次第で、私たちは皆、加害者にも被害者にも成り得る。その中でどうやってより人間らしく共存と協力の社会を一緒に築いていけるのか。そういう答えを探し求める中でヒントをくれるのが、音楽や踊りや儀式や遊びや一緒に笑ったり食べたり夢を語り合ったりした思い出なのじゃないか、と私は思います。
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※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

