マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol16 プラスティック
2021-10-01
ダスティン・ホフマン主演の映画『卒業』(1967)の冒頭シーン。大学を卒業した主人公ベンを祝う卒業記念パーティーで、ベンの父親の友人マグワイヤーさんがベンに向かって「君に一言だけ言っておく」と人生のアドバイスをします。「プラスティックだ」と。プラスティック産業に投資すれば大儲けできる、という意味ですが、カウンターカルチャー世代の青年ベンにとって親世代の教えは捨て去るべき嘘であり、「プラスティック」はまさに「大人が用意した偽物の人生」を象徴しています。
竹内まりやの「プラスティック・ラブ」は80年代シティ・ポップの代表的な曲ですが、2017年に非公式にYouTubeにアップされたこの曲の動画が2400万回の再生回数を記録し、世界中に知れ渡りました。折しも80〜90年代のポップスやジャズ、ラウンジ、R&Bをサンプリング・切り貼りして作るVaporwaveやFuture Funkといった音楽ジャンルが盛り上がっていたため、「プラスティック・ラブ」もサンプリングされ、カバー、パロディ、リミックスが大量に作られ、世界規模の拡散に貢献しました。
ネット上ではこの曲のメッセージを解説する記事が多数存在しますが、その多くはやはり「プラスティック」を「偽物」という意味で捉えています。「恋なんてただのゲーム」とばかりに「プラスティック」なその場限りの恋を繰り返す女性。彼女が派手なドレスに身を包み今夜も夜の街に繰り出すのは、恋に傷ついた心を埋め合わせるためだった。孤独を埋め合わせるためにプラスティックな(=派手だけど偽物の)商品を買い、刹那の快楽を追い求める現代のライフスタイルに通じる、と。
でも「プラスティック・ラブ」の世界規模の拡散は「プラスティック」のもつ別の意味を表しています。Plasticは古代ギリシャ語で「型に入れて多様な形に変形できる」を意味するplastikosが起源。サンプリングされ、加工され、無限に二次創作されることで、オリジナルとコピーの違いがもはや重要ではなく、逆にコピーがオリジナルの新たな意味を生み出していく。私たちの生活にあふれる「プラスティック」はむしろ、「オリジナルでなければダメだ」という呪縛から私たちを解放する新たな創造性を示してはいないでしょうか。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。