受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
vol.34 病気が病気を防ぐという医学上の不思議
2022-06-17
ヘモグロビンがくっつきあってゲル状になってしまうことが鎌形赤血球症という病気の引き金を引きます。これは突然変異によって起こった遺伝子の異常が、ヘモグロビンを酸化させてしまうからです。
酸化というのはいわばヤケドみたいなもので、細胞に炎症を起こし、放っておけば組織を傷つけ、破壊してしまいます。したがって、細胞の酸化は鎌形赤血球症の病気にきわめて大きな影響を及ぼしている、病気のキーポイントとなる現象です。
この酸化という現象を通して、さらに生命活動の精密さに触れてみることにしましょう。
鎌形の遣伝子異常のある人は、なぜかマラリアへの耐性が備わっていて、鎌形のキャリア(遺伝子保有者)は、マラリアにはかからないという特徴があります。
あるとき、マラリアが流行して多くの人が亡くなる中、生き残った人たちを医学的に調べてみたところ、生存者のヘモグロビン遺伝子の中に共通して、鎌形赤血球の異常を示す遺伝子が、ひとつだけ見つかりました。
その遺伝子異常がない、正常なヘモグロビンの持ち主は、マラリアに罹患(りかん)して亡くなってしまう。また、遺伝子異常がひとつではなく、ふたつある人は、そもそも鎌形の症状が重くて、やはり生存がむずかしい。こういう事実がわかったのです。
こうした事実から、鎌形の遺伝子をもっている人が、マラリアの耐性を遺伝的に獲得していったこと。しかも、その遺伝子異常がひとつだけの人は、マラリアへの耐性に加えて、鎌形の症状もほとんど見られない健康体を維持できることがあきらかになったのです。
すなわち、鎌形という健康や生存には不利なはずの要因が、マラリアに関しては有利にはたらく……これも生命、あるいは病気のもつ不思議な逆説といえますが、そこに「酸化」が微妙にからんでいるのです。
マラリアへの耐性は実は酸化が生み出しているのです。マラリアを引き起こすのは寄生虫ですが、その寄生虫が酸化したヘモグロビンを、なぜかひどく嫌うのです。
だから、ヘモグロビンが酸化している鎌形のキャリアは、マラリアにかからない。だが酸化が進みすぎた場合は、鎌形自体を発症してしまう。こういう微妙なバランスの上に病気が生じ、また健康が維持されているわけです。
この生存に不利なはずの条件が別の病気には有利にはたらくという鎌形とマラリアの不思議な関係。病気はけっして「負(マイナス)」だけのものではないと思うのです。
ひとつの障害が他の疾患を癒(いや)す役割を果たすのなら、病気は必ずしも否定的な文脈だけで語られるものではなく、そこにポジティブな意味も見いだせるのではないでしょうか。
病気という苦しみそれ自体の中に、なにがしかの意味、もしくは価値も隠れているはずで、その病気の二重性がまた、私たちをいつも生きるほうへと促している、生命の多様さや奥深さを示唆しているとも思えるのです。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。