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コラム

受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
vol.44 「どうしようもない自分」から何度でも出直す1

2022-08-26

 人間はどこまでも弱く、いたらない存在です。失敗から学ぶことが、無力を起点とする生き方の重要な方法だと頭ではわかっていながら、同じような失敗を何度もくり返すからです。

 かくいう私も、自分の意思はゼンマイ仕掛けになっているのではないかと思うことがあります。こんどこそ失敗すまいと心のネジを巻くのに、いつのまにかそれが緩んで同じようなミスをふたたびくり返す。そんな未完成で、不完全な存在である「どうしようもない自分」に、いつも気づかされるのです。

 自分の無力を痛感させられた失敗例をここでもうひとつ紹介しておきましょう。あるとき、治療中の鎌形赤血球症の患者さんが、「旅行へ行きたい」と言い出したことがありました。

 その患者さんは病気のせいで定職に就けず、アルバイトなどで生計を立てている人でした。当然、懐具合も豊かなものではなく、治療費や薬代に事欠くこともめずらしくありません。

 それで私は、治療費を負けたり、薬を無料で処方したり、それまで何かと厚意を示し、治療の便宜も図ってあげていたつもりでした。その患者さんが何百ドルという旅費を使って旅行へ行く……私は思わず感情的になってしまいました。

 折あしく、患者さんの足には潰瘍(かいよう)ができていました。鎌形赤血球症では潰瘍から感染して命を落としてしまうケースも少なくないので、旅行へ出るのは医学的に危険なことでもありました。でも、私の腹立ちの原因はそれとは少し別なところにありました。

 何かとよくしてきたつもりなのに、その親切を軽んじるように旅行へ行くなどと気楽なことを言い出している。それがひどく自分勝手な行為に思えて、私は子どもみたいに黙り込んだ末、彼に向かってぶっきらぼうに言い放ったのです。

 「わかった、勝手にしなさい」

 「先生、何をそんなに怒っているんだ」

 彼は私の怒りが理解できないで面食らっていました。

 「別に怒ってなんかいないさ」

 私は腹立ちまぎれに言葉を続けました。

 「旅行に行きたいなら行けばいいと言っているだけだよ」

 「いや、あきらかにおれに対して怒っているだろう」

 「それなら、その理由を教えてやろう」

 そう言って私は、感染の危険があるので旅行は控えたほうがいいこと、それ以上にこちちの厚意や親切を理解している様子が見えないことなどをなおも感情的な口調で告げたあげく、あなたのような患者さんがいるから医師の苦労が絶えない、医師のやる気がそがれるんだなどと、言わなくてもいいこと、言ってはいけないことまでつけ加えたのです。(次回に続く)


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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新原豊

新原 豊(にいはら・ゆたか)
1959年東京生まれ。ロマリンダ大学宗教学部卒、同大医学大学院卒。1989年よりUCLAハーバー総合病院にて血液内科と腫瘍内科に所属。ハーバード大学で公衆衛生学修士課程を修了。2005年よりUCLA医学部教授に就任。Emmaus Life Sciences, Inc. 会長兼CEO、EJホールディングス㈱ 取締役会長。Emmaus Life Sciences, Inc. の株式シンボルは、”EMMA” です。




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