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コラム

受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
vol.45 「どうしようもない自分」から何度でも出直す2

2022-09-02

 前回の続きです。医療費や薬代など、様々な便宜を図っていた鎌形赤血球症の患者さんがいました。その患者さんがお金のかかる旅行へ行きたいと言い出したことに対して私は感情的になり、言わなくていいこと、言ってはならないことまで伝えてしまいました。

 冷静に医学的な説明をすれば、きっと彼もわかってくれて、旅行へ行くのをとりやめてくれたにちがいありません。

 あるいは、それほど重大な潰瘍ではなかったことから、「旅行中もこの薬の服用を忘れないように」とていねいな助言をして、彼を気持ちよく旅行へ送り出してあげることも可能でした。

 あとになれば冷静にそう思えるのに、その場では、つい感情的になってしまって、命令調の暴言まで吐いてしまったのです。

 私は、こういう過ちを自分の行為の中から消すことがなかなかできない人間です。そして、そのことを自覚するたびに「ああ、また性懲りもなくやってしまった」と自分の非力にうちひしがれることになります。

 しかし、だからといって、その無力さから一足飛びに逃れることは非力な自分にはなおさらむずかしい。であれば、そんな人間にさしあたってできるのは、その不完全で未完成な自分を正直に受け入れることです。

 「どうしようもない自分」を素直に自覚して、そのゼロ地点から何度でもやり直すことしかありません。それ以外に、人が成長する道はないように思えます。

 その意味で、無力とはくり返し出直すときにいつも立ち返っていく踏み台のようなものです。つまり、無力であることを能力の欠如として否定的にとらえるのではなく、何かを始めるときの出発地点として肯定的にとらえたいのです。

 日本の古いゲームであるスゴロクには「振り出しに戻る」という怖い目があります。サイコロを振って、その目で止まってしまったら、また一から出直さなくてはならない。

 しかし、何度振り出しに戻っても、そのつど、あきれるくらいめげずにサイコロを振りつづける。無力な人間にできることはそれくらいしかありません。そして、その無力な振る舞いを愚直にくり返すうちに、無力な人間にも「無力の力」というものが備わってくるのではないでしょうか。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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新原豊

新原 豊(にいはら・ゆたか)
1959年東京生まれ。ロマリンダ大学宗教学部卒、同大医学大学院卒。1989年よりUCLAハーバー総合病院にて血液内科と腫瘍内科に所属。ハーバード大学で公衆衛生学修士課程を修了。2005年よりUCLA医学部教授に就任。Emmaus Life Sciences, Inc. 会長兼CEO、EJホールディングス㈱ 取締役会長。Emmaus Life Sciences, Inc. の株式シンボルは、”EMMA” です。




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