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コラム

ピアノの道
vol.112 静寂の音

2023-09-03

 ザ・サウンド・オブ・サイレンスという歌がありますよね。静寂の音。無音よりも静謐な音。私は、音楽家としてそれを醸し出す事ができると自負しています。

 5分ほど完全な無音に限りなく近づけた部屋に、一人で座ったことがあります。

 あるピアノ工場の一角にリサーチのために作られた無音室のドアは、私の身体の横幅よりも分厚く、非常に重い。内側の壁は全て吸音する材質で覆われています。見上げても天上がどこだか分からないほど高い。床はかろうじて歩くための梁が渡してあるだけ。その梁の下も底が見えないほど深い空洞になっています。音波を伝える材質をゼロに限りなく近くした部屋です。

 「少しこの部屋に一人で居ても良いですか」

 耳を澄まそうと頑張りましたが、自分の耳の中の音がやけに増長され、心穏やかな状態には至れませんでした。

 五感の中で一番命の危険を察知しやすいのが聴覚です。例えば視覚は目の前にあるもの、それも遮るものが無い物しか見えませんし、我々は目をつむります。それに対して聴覚は360度どこからの音も聞き取ります。音は遮る大抵の物質をある程度貫通しますし、寝ていても聴覚は生きている。脳内では視覚から得た情報は論理や集中で時間をかけて吟味されるのに対して、聴いた音は素早く感情や生存本能で処理されます。だから我々は間近な爆発音に飛び上がったり走り出したり、考えるよりも先に体が動くんです。

 警報。悲鳴。雷…我々に命の危険を知らせる音があるのに対して、「全て正常」と安心させてくれる音もあります。鳥の鳴き声。遠くの談笑。生活音。子守歌。そういう音も全て排除された無音室では、心穏やかではいられないんですね。

 我々を安心させてくれる最たる音が、音楽ではないか…最近そう思うようになりました。外界で何が起こっていても、聴いている曲が悲嘆でも、激しく感情的でも、音楽を愛でる時空に於いて我々は皆一緒で、安全。そういう安心感を届けられる音楽家を目指しています。

この記事の英訳はこちらでお読み頂けます。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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平田真希子 D.M.A. (Doctor of Musical Arts)

日本生まれ。香港育ち。ピアノで遊び始めたのは2歳半。日本語と広東語と英語のちゃんぽんでしゃべり始めた娘を「音楽は世界の共通語」と母が励まし、3歳でレッスン開始。13歳で渡米しジュリアード音楽院プレカレッジに入学。18歳で国際的な演奏活動を展開。世界の架け橋としての音楽人生が目標。2017年以降米日財団のリーダーシッププログラムのフェロー。脳神経科学者との共同研究で音楽の治癒効果をデータ化。音楽による気候運動を提唱。Stanford大学の国際・異文化教育(SPICE)講師。

詳しくはHPにて:Musicalmakiko.com




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