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コラム

ピアノの道
vol.113 『オッペンハイマー』を聴く

2023-09-15

 「原爆の父」と呼ばれる物理学者の複雑な人物像と時代背景を描いた映画「オッペンハイマー」。コメディー映画「バービー」と同日公開となったことで「バーベンハイマー」とネットで炎上し「不謹慎だ」といった声が上がる一方、歴史映画として記録破りの売り上げの更新中。「日本での公開はないかもしれない」…危ぶむ声も聞こえる中、被爆者を祖父に持つ在外日本人の義務感もあって映画館に参上しました。

 オッペンハイマーのマンハッタン計画は「Dr. Atomic」というオペラにもなっています。しかしオペラが7月16日の核実験で終わっているのに対し、映画では戦後のマッカーシーの赤狩りで失脚していく後世も描かれます。公職追放の黒幕となったアメリカ原子力委員会のルイス・ストロースとオッペンハイマーの関係性は、モーツァルトの才能に嫉妬する宮廷作曲家サリエリの視点から描かれる映画「アマデウス」をも彷彿とさせます。

 「この映画は絶対耳栓が必要。聴覚を守って!」音楽仲間の忠告を受けて始終耳栓をつけての鑑賞。それでもびっくり。胸板が共鳴するベース。映画館全体が振動する爆発音。科学者たちの嬌声。軍人の怒鳴り声。興奮した足踏み。そして絶え間ない音楽。その中で数か所の静寂のシーンが際立ちます。1945年7月16日にニューメキシコ州で行われた核実験のボタンが押されてから爆発音までの永遠に感じる無音の時間。日本への原爆投下のニュースの後、演説をするオッペンハイマーの目にのみ映る観客の顔が焼けただれていくシーン。

 「代数学というのは音楽のようなもの。楽譜が読めても聞こえなければだめなんだ。君には音楽が聴こえているか。」映画の冒頭でまだ学生のオッペンハイマーに、量子力学の確立に貢献したニールス・ボーアが問いかけます。「聴こえています」自信に満ちて応えるオッペンハイマーでさえも、ここぞという時に無音に包まれる。

 そして我々には何が聴こえているのか?我々は何を聴いているのか?聴くべきなのか?

この記事の英訳はこちらでお読みいただけます。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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平田真希子 D.M.A. (Doctor of Musical Arts)

日本生まれ。香港育ち。ピアノで遊び始めたのは2歳半。日本語と広東語と英語のちゃんぽんでしゃべり始めた娘を「音楽は世界の共通語」と母が励まし、3歳でレッスン開始。13歳で渡米しジュリアード音楽院プレカレッジに入学。18歳で国際的な演奏活動を展開。世界の架け橋としての音楽人生が目標。2017年以降米日財団のリーダーシッププログラムのフェロー。脳神経科学者との共同研究で音楽の治癒効果をデータ化。音楽による気候運動を提唱。Stanford大学の国際・異文化教育(SPICE)講師。

詳しくはHPにて:Musicalmakiko.com




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