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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.51 亀裂(7)

2024-08-30

 話をまとめましょう。私たちは意識と物理世界の両方の存在を同時に認めることはできない。でも、認めざるを得ない。この矛盾を生きている。意識であろうと物理世界であろうと、一つの世界観がそれだけで完結することはなく、それぞれの世界観が時限爆弾のように内包する矛盾がいずれ露呈し、その世界観には必ずヒビが入る。

 黒澤明の映画『羅生門』は山の中で起きた武士殺害事件をめぐり、事件に関わった当事者たちの証言が矛盾しあう様子を描いています。武士を殺したとされる盗賊、武士の妻、亡き武士の霊、事件を目撃した焚き木売りの証言は、それぞれ前の証言を覆した全く別の内容となり、真相は藪の中となります。「意識の言葉」と「物理世界の言葉」はこれらの証言たちの関係に似ています。意識の存在を認めるなら、どこまでいっても物理世界にはたどり着けない。逆もまた然り。

 でも、これは相対主義とは異なります。相対主義とは、異なる価値観に優劣を付けずに同等に扱う態度。「女性は感情的な生き物だから高等教育を受けるべきではない」という価値観と「性差と知性に相関関係はないから全ての人が平等に教育の機会を得るべき」という価値観を、「箸で食事をする文化」と「ナイフとフォークで食事をする文化」と同じように扱う態度のことを言います。この場合、亀裂はそれぞれの価値観の間にあることになります。前者も後者も、それぞれの世界観は完結し、お互いの間に埋めることのできない溝として亀裂が存在する。

 相対主義ではなく、それぞれの世界観自体が見えざる亀裂、時限爆弾によっていずれ露呈するヒビを内包していると捉える。どんな世界観も、それを支える土台に矛盾を含み、不完全に終わる運命にある。私たちが持ち得る世界観の全てが亀裂に貫かれ、不完全であると理解するならば、そこで初めて私たちは不完全な世界観を持つ者どうしとして、向き合うことができるのではないでしょうか。

 亀裂は自分と他者を隔てる溝ではなく、自分の世界観を、自分自身を貫いている。相対主義、政治的二極化、社会の分断が進んだいま必要なのは、亀裂の位置をずらす、亀裂を自分と他者の間から自分の中に移すことなのです。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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