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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.57 演じる(6)

2025-02-28

「迫真の演技」という言葉があります。文字上は「真実に迫る」と書きますが、これまで見てきたように、その「真実」は正解に合致した正しさとは別の正しさです。星型の穴に合うブロックだけが正しいと思い、目の前の三角形やひし形のブロックには何の興味も示さなかった人がある瞬間、スペード型のブロックこそが自分の求めていたものだと気づく。生涯のパートナーに出会ったように。星型がもはやただの形でしかなくなり、目の前のスペード型が輝く存在として立ち現れてくる。世界の中の様々な「形」の捉え方が、いや、世界そのものの捉え方が変わる瞬間。真実はそこに現れるのではないでしょうか。

つまり素晴らしい演技とは、私たちの世界観を書き換える演技ということになります。世界観とは大げさな、という言葉が聞こえてきそうですが、誰かに恋をしたことのある人なら分かるでしょう。恋をする前と後では世界が違って見えてくる経験をしたはずですから。物理的には世界は1ミリも変わらない。でも、横断歩道の白線も、スーパーの特売のチラシも、洗面所のタオルも、それまでと違うものになる。コップの水も新鮮な味がする。職場のいやな上司もそれほど悪い人ではないように思えてくる。世界は変わっていなくても、自分に対する世界の意味が変わる。私たちが世界を見る視点が変わるからです。

プラトンは私たちが体験する物理世界を超越したイデア界に真実が存在すると考えました。でも本当は、物理世界に対する私たちの世界観が崩壊し、新たな世界観へと書き換わる瞬間に真実が宿るのではないでしょうか。物理世界を超えた「あちら側」なんて存在しない。「あちら側」にあると思われていたものが、実はこちら側の世界への視点が生まれ変わる瞬間に宿るとしたら。ヤドカリが古い貝殻を捨てて新しい貝殻に入る一瞬だけ、その姿を現すように。生まれ変わっても、この世界は相変わらず不完全で問題だらけかもしれません。でも一瞬だけ、世界は驚くような輝きを見せてくれる。スクリーンに映った光と影の連続でしかない映像が、心を揺さぶる輝きを見せる。高峰秀子が「演じる」ことで見せてくれた真実とは、その輝きに違いありません。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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